全社員でつくる中計合宿④「自分も組織の一員であることを強く感じた中計合宿」

過去にも何度か開催された合宿。でも、こんなにも長期戦の合宿は初めてのこと。
何週にもわたる合宿は集中力の持続が必要です。集中力を保つためには緊張感もなくてはならない。そして、ひとつひとつの問いに対して、普段よりも脳をフル回転させて挑み、わかった!を重ねていく1ヶ月はあっという間に過ぎていきました。

そんな長期戦の合宿は、脳はもちろんのこと体力的にもくたくたになったり、夢の中でも必死に答えを創ろうともがいていたりと、ちょっぴりしんどいなと感じることもありました。でも、それを楽しいと感じている自分もいたのです。
今まで知らなかったことを知り、わかったことによって、自分の見ることのできる視野が広がる。だから考えを深められるようになり、皆と議論を活発に行えたからこそ、楽しいと感じている部分ももちろんあると思います。そして会社のこととは別に、この合宿の中で去年とは違う自分を見つけられたような気がするのも、合宿が楽しいなと思えた要因なのかもしれません。会社のことで悔しいと思ったり、晴れ晴れとした気持ちになったり、感極まって涙したり、こんなにも感情が大きく揺さぶられることなんて今までなかったので、自分でも驚いているのです。この変化は一体なんだろう?

「カイシャ」というものへの感じ方の変化

今まで私は、会社とは自分の外側にあって、自分とは切り離されているものだと感じていました。だから、会社のやることに対して「なんで今それをするのだろう?」と考えることなどなく、与えられた仕事をただこなすだけ。お休みとお給料がちゃんともらえればそれで充分。おそらくいつか辞めるのだから、昇進したいとか、新しい事業に挑戦してみたいとか、そんなことを考えたこともありませんでした。

しかし、内省や毎週行う振り返りシートを通じて「なぜ自分はこう感じるんだろう?」「なぜこう言われたのだろう?」と、ひとつの物ごとに対して深く考えることができるようになったような気がします。結局今まで会社について考えたことがなかったのも、その裏には自分では会社の数字を動かしたり何か新しいことを創れたりするなんてことはない。そんな思いがあったからなのかもしれません。
また、精読会の場で憲法をベースに、世界は人が意志を持って創り上げてきたものなのだという事がわかると、自分たちも何か大きなものを創ることができるのではないか、そんな勇気がわいてきました。ちょっとずつ、いつもの業務に取り掛かる姿勢や考え方も変わっていきます。
苦手だった、集団の前で意見を述べるとか、議論を交わすという場も、そもそも意見なんて間違っているかもしれないただの仮説にすぎない。だからこそ議論をしてその仮説を刷新し続けていくのだと思えた瞬間に、なんだか怖いものではなくなったような気がしました。
そして、議論ができるようになると、自分を受け入れてもらっているような感覚にもなるし、また、普段そこまで関わりがなかった人はこんな風に物事を捉え考えているんだと、相手を知ることもできたように思いました。

そんな風に過ごしているうちに、今まで外側にあったはずの会社が、いつの間にか自分の内側に入ってきたような、そもそもの境界線が溶けてしまったような、そんな感覚になっていたのかもしれません。
それをこの合宿の中で改めて強く感じることができたのは、チームのみんなで問いに対して挑み、それを社員全員で共有し、わかったを積み重ねていくという行為があったからではないかなと思います。

正しい正解なんて、どこにもない

合宿の問いに対しては、チームで正しい正解を探すのではなく、みんなで一緒に答えを創ろうとする。だから、みんなの意見が活発に飛び交い、議論が活性化する。だからこそ、チームとしてのひとつの答えを創り出せたときには強くイケる感を得られたのだと思います。
逆に、議論がなかなか思うように進まず、答えを創れなかった時にはそのような明るい感覚は得られません。悔しさやもどかしさだけが残りました。それは私だけではなく、きっとチームのみんなが同じように思っていたのだと思います。だからこそ休憩時間にも復習や反省を行い、次はこう議論を進めてみようというアイデアも出てくる。議論を繰り返す中で、答えを創り出すまでの道のりの設計や、そもそも何を問われているのかを考え直すこと、そういったことが皆で共有できていないと答えを創ることもできないのだという事にも気付けました。それを面倒くさがらずにみんなで丁寧に繰り返し行うのです。
与えられた目標に対して行動するのではなく、未来はこうなっていたいから、目標はどうするべきか、そして、その目標達成のためにはどんな行動を成されるべきなのか。それをみんなで考えるからこそ、自分が会社を創っていけるような、そんな感覚が持てたのだと思います。

初日よりも二日目、二日目よりも三日目…というように、回を重ねるにつれてだんだんとみんなが会社を創っていて、実際に動かしているのだという感覚と共に、一緒に未来を描こうとしている仲間なのだという実感を強く持つことができました。
それは、自分の外側にいると思っていた会社の人たちが、仲間という存在になって内側に入り込んできたような感覚だったのかもしれません。そして、自分も会社から切り離されている存在ではなく、会社の内側にいる仲間の中のひとりであると言われているような感覚でもありました。だからこそ、わかろうと必死に食らいついていたかったし、自分の考えを共有したいと積極的に発表に取り組めたのではないかと思いました。

未来が描けるから、そこに向かって進んでいける

自分たちで未来を描き、自分の事業が今どのようなフェーズにいるのかを言語化して理解する。それがあるから、今の現場の業務が未来にどのように繋がっているかがわかる。繋がっていることがわかると、業務が作業に成り下がることなく、未来を創っている感覚を持ちながら取り組むことができる。合宿の合間の通常業務では、そんな風に感じることができました。
通常業務では誰からも問いを投げかけてもらうことはないからこそ、自分で改めて「なぜ今これをしているのか」を常に問うていく必要があるのかもしれない。そして、それをひとりではなく周りを巻き込んで行うことで、合宿の時のようにみんなでひとつの未来を見続けることができるのかもしれない。

時間軸という考え方が生まれたことによって、闇雲に“今”を頑張るのではなく、描きたい未来に向かって進むために“今”を頑張るのだ、というように仕事を捉えることができるようになったような気がします。
今、私はプレコチリコの事業部に所属していて、プレコチリコはまだまだスタートしたばかり。今まではプレコを成功させることがゴールだと思っていたけれど、合宿を通して、プレコを成功させた先でも会社は存続しているし、もしかしたらまた新しい事業が立ち上がっているのかもしれないと思えました。
そんな風に未来を想像できると、なんだかわくわくしてきて、そのためにも“今”に集中して取り組もうと強く思うのです。

次の合宿では、未来に向けて実際の現場をどう繋げていくのかをみんなで描いていきます。おそらく、一筋縄ではいかない問いばかりだと思います。でも、不安感よりも、ここまで乗り越えられたのだからきっと大丈夫というような、やる気の方が大きく膨らんでいるのです。