”早寝早起き”そんな手あかのついたお説教に、丁寧な暮らしへのヒントがありました。

”早寝早起き”そんな手あかのついたお説教に、丁寧な暮らしへのヒントがありました。

忙しい日々の生活、出勤前の5分と夜時間の5分とは価値が違うものだと思っていました。時間としては同じ針の進み方をしているはずなのに、時間の使い方に大きな差が開いてしまう。夜は自由でも朝は迫りくる出勤時間とのせめぎあい。目覚ましのスヌーズボタンを何度も押して、いよいよとなったら飛び起きる。そんな生活をしていたので、良い起き抜けの状況を作れるわけもなく、朝時間はただこなす時間になってしまっていたような気がします。
そんな生活を変えて実感したのは、自然なリズムに従った生活の大切さ。よいリズムに従って過ごしていくと、巡り巡って心地よい暮らしに導いてくれるようです。

生活の見直し できる範囲で、生活リズムを整える。

意識して朝型へ生活リズムを変更してから、夜はあまり出歩かないようにして、寝る時間も早め早めの前倒しに。起きる時間もそれに合わせて早めてみました。最初のうちはなかなか寝付けない日が続いたり、帰りが遅くなってしまったりしましたが、何日か気合を入れて早起きを続けていると、夜自然と眠くなってしまうという、至極当たり前の法則に気づきました。その後はそのまま習慣を作ることに成功。そのリズムを守れるようになりました。

朝ちょっと気取ってコーヒーを淹れてみたり、混んでいない電車に乗っていくようになったり。いわゆる“朝時間の充実”ができる程度には変化が起き、朝のドタバタとした出社劇は影を潜めました。それによって生活のスタイルも大きく変わっていきましたが、その中でも1番変わったのは、自分の生活からめざまし時計と言う概念が無くなった事。何も音を鳴らさなくても自然と目が覚めるようになるのは、ひと昔前では考えられなかった変化です。

自分のリズムで丁寧に生活する
部屋にめざましを置かないことで、時間に縛られず自分のリズムで生活できるようになりました。いままで朝の時間は、目覚ましを5分おきにセットして、「あと10分で支度をしなきゃ」などと急いでギリギリの使い方をしていました。心の余裕は全然なく、出勤しても午前中は生産性も上がらなかったように思います。それを無くすことができたのは、夜中の時間を削ったから。相対的に朝時間のウェイトが大きくなったおかげで、むしろ朝の時間を贅沢に使うことができるようになりました。

目覚ましをなくしてストレスもなくなった。
目覚まし時計をセットせず、体が自然と起きたい時間に起きる。こうしていると少し遅めに起きる日もありますが、それでもおおよそ同じ時間に起きますし、少なくとも遅刻をするような時間まで起きられないなんて事はありません。その日はあくまでも体がそれを求めていたと言うこと。その声に素直に従うようにしています。

早寝早起き八正道
じつはこの生活習慣を取り入れたのは、ある本の中で瞑想のことが紹介されていたのがきっかけ。ブッダがいちばん最初に説いたとされる話の一つを見ると「わかりやすく解釈すれば、規則正しいリズムを守って生活すること」  ともあるなど、規則正しい生活は基本のキなのだそう。言われてみれば、うちの爺ちゃんが日の出前から起きていたのはそういう事だったのかもしれません。

現代のいち会社員が、修行僧みたいに厳格な生活が出来るかは一寸わかりませんが、考えてみれば人間も自然の一部。「生命体が地球のリズムのなかで誕生したことを考えれば、なるべく地球のリズムに添った生活をしたほうが健康も維持しやすい」というのは納得です。できるだけ心地よいリズムを生活に取り入れて、日々を過ごしていく。そうしていくと自然と無理しない形で仕事とも向き合うことができるかもしれない。そんなことを最近考えています。