「心地よい暮らし」を求めて。無垢床物件にあったのは、仕事と同心円上の暮らしでした。

「心地よい暮らし」を求めて。無垢床物件にあったのは、仕事と同心円上の暮らしでした。

先日、最近人気の賃貸住宅を見てきました。外から見る限り普通のマンションで、よく都心にある一般的なタイプの物件。

ガラス扉があって、ポストがあって、普通の共用廊下に足音が響きます。ここにどんな秘密が?と思いながら扉を開けると、雰囲気は一変。

 

目下広がるのは総無垢張りで出来たリビングフロア。入った瞬間から部屋の雰囲気は優しく、柔らかい感じ。床からのぼってくる優しい香りは、懐かしい柱のある家を思わせ、足の裏に感じる懐かしい自然の感触に、裸足でかけていた校庭を思い出しました。どこかホッとさせてくれる感覚は、実家の畳なんかとも近いかもしれません。

この物件は最近リノベーションがされた部屋。賃料が下がってきた賃貸住宅の付加価値向上の一環で工事されたもので、間取りの全変更と床の無垢化を行ったそう。要所要所に手触りのよい木が使われており、造作のキッチンもシンプルでおしゃれです。

 

普通のクッションフロアを張るコストは1平米で数千円程度。無垢材を張る場合、レベルを測ったり、“捨て貼り”をすることで、2~2.5倍のお金が掛かるといいます。その分リノベーション代や賃料として上乗せされるそうですが、工事中から申し込みが殺到する人気で、最近は築浅物件のリノベ依頼まで入るそう。噂には聞いていましたが、確かにこの自然感は心地よい。

自然のリズムを感じる無垢材のお手入れは、人を元気にしてくれる
試しに床の水拭きをさせてもらったら、ほどよく水分を吸収して生き生きとした木肌に表情を変わります。心なしか立つ香りもきらびやかになったよう。定期的にオイルを使っての手入れが必要だと言いますが、むしろ磨けば磨くほどきれいになるこの床のお手入れは、日を増して楽しみになってゆきそうです。エージングされてゆく床は自分たちがそこで暮らしたあかし。部屋との関係性を整えるということは、自分のコンディションも整えてくれる。本来掃除って部屋も心もすっきりする、とても心地よいものなのだと感じました。

 

今住んでいる家はとても大きなビルに囲まれるように立っていて、ほとんど自然というものを感じる余地はありません。内装も取って付けたようで、よく言えば都会的。“ナチュラル“とは言いづらいものの、その分汚れも付きづらく、“お手入れ”は簡単でたすかります。ただ、ときおり自分が自然の一部であることを忘れそうになる瞬間があるのも事実。鉄でできた電車に乗って、石でできた高い建物に閉じこもり、遠く海の向こうから来た冷凍チキンを齧っている。そういう時は実家の大きな柱が、呼吸する木が、恋しくなります。手入れすればするほど輝く自然の木が、恋しくなります。

慈しむようにお手入れする

手入れがいらないのはとても楽なことです。虫が入ってこないことも、暑さ寒さで頭を悩ませることが無いのも、快適そのもの。ですがそれで失ってしまったものも少なくないのでしょう。“手入れが簡単“はむしろ、人間から生きる実感を奪っていく。手入れが必要であればこそ美しくなるし、手入れが必要のない美しさは人間の関与をなくし、本来的な美しさとは少しずつ遠くなって行くということです。物との関与があるからこそ、自分を慈しむように物を慈しむ。それはすなわち、自分をたいせつにする事とも同義である。そんなことを思います。

 

心地よい暮らしを求めて物件を探したら、心地よい働き方改革に気が付いた

心地よい暮らしって何だろう。そう考えていると、心地よい働き方とも繋がるように感じました。生きることと暮らしが不可分なように、働くことと生きることは同心円上のもの。

自分のリズムと自然のリズムが、心地よくリンクする状態。そんな緩やかなリズムに身を任せるように仕事と関わっていくと、ずっと働きやすくなるかもしれません。暮らすように働き、自分を慈しむように暮らす。オイルを塗りこむように、仕事を“手入れ”していって自分のヴィンテージにしていく…。

そんなことを考えていたら、少し元気になってきました。傾き始めた陽が、少し涼しくなった風を部屋に送り込んできます。きょうはもう少し窓を開けて、日が落ちきるまで。ビールを飲んで贅沢に過ごそうと思います。