ミスチルの分析(5)『Any』

♪上辺ばかりを撫でまわされて
急に嫌気がさした僕は
僕の中に潜んだ暗闇を
無理やりほじくり出してもがいてたようだ

仏教や、フッサールの現象学的観念に通暁する(歌詞のあちこちからそれは感じられる)桜井さんは、この時、世間から、「上辺ばかりを撫でまわされて」いることに「急に」「嫌気がさ」したのだと思う。そんな、行き場のないドロドロした感情を、「Any」では表現したかったのではないか。そんな、自分の中に「潜んだ」他者を恨む醜い感情を、「無理やりほじくり出してもがいてたようだ」、と表現する気がする。それでも他者を責めることは間違っている。やはり、自分にこそ、問題はあるのだ、と。真摯な態度を崩してはいけない。そして、また、「僕の中に潜んだ暗闇」と闘うことを決意する。『Any』は、そんな歌である。

♪真実からは嘘を 嘘からは真実を
夢中で探してきたけど

哲学や宗教の真理・摂理として積み重ねられてきた人類の知恵(=「真実」)には、自分の頭で考えることを放棄しない誠実さで立ち向かい、頭から信じることを拒んできた。もしかしたら、そこにも、論理的な破れがあるやもしれぬ。「真実からは嘘を」、あえて探した。
世間一般で正しいとしてレッテル張りされている「嘘」にも、一片の「真実」はあるやもしれぬ。だから、それも、頭から否定するのではなく、ひとつひとつ丁寧に、検証してきたつもりである。「嘘からは真実を」「夢中で探してきた」のだ。でも、やっぱり、自分の力ではどうしようもない、大きな力には抗しきれない。

♪今 僕のいる場所が探してたのと違っても
間違えじゃない きっと答えは一つじゃない

「今」の、「僕のいる場所」は、「探してたのと」は、本当は全然「違う」。こんなはずではなかった、とも思う。懸命に頑張れば、もっと、満足のできる感情を手にできると思っていた。そんな気持ちが支配する。でも、これも「きっと」「間違いじゃない」。そもそも、「答えは一つじゃない」はず。自身の内面が、一方的に世界を支配するなんて、そもそもあり得ないのだから。それは、傲慢でしかない。だから、やはり、この世の真理・摂理にしがみつく。

♪何度も手を加えた汚れた自画像にほら
また12色の心で好きな背景を描き足していく

こうして、「何度も手を加え」て「汚れ」てしまっている「自画像」だけれども、また、始めればいい。始めることを諦めなければいいのだ。そうして「好きな背景を」再び、「描き足していく」・・・

人生は、どこかに正解があって、それを探し求めるのとはちょっと違う気がする。本当の自分がどこかに存在するということでもない。それより、何度も何度も、上書きして、上書きして、重ねていくものでしかないのではないか。ひとつの正解にこだわるのが「真実」とは思えない。重ね書きこそ「真実」だと思う。正解は探すものではなく、作り上げていくもの、そう『Any』では、訴えているのだと思う。

♪いろんなこと犠牲にして巻き添えにして
悦に浸って走った自分を時代のせいにしたんだ
「もっといいことはないか?」って言いながら
卓上の空論を振りかざしてばっか

社会的なポジション(地位や名誉)を、なりふり構わず追い求めていた時もある。「いろんなこと犠牲にして巻き添えにして」「悦に浸って走っ」ていた自分を、世の中がそうなんだから仕方ないといって「時代」のせいにした。本当は、もっと得になる列はどこかと探し回っていた浅ましい自分でしかなかったのに、「もっといいことはないか?って」いう言葉で覆い隠して、自分も、周りも、だましていた。「卓上の空論」とは、理性至上主義の嫌みな奴のこと。考えればきっと正しい答えにたどり着けるはずだとする、啓蒙主義の成れの果て。ナチス・ヒトラーは啓蒙主義がその源流だった。神秘を否定し、前頭葉のみに頼る我々の態度が、ヒトラーを生んだんだった。それも知らず、それを「振り回してばっか」だった自分が、そこにいた。

♪そして僕は知ってしまった
小手先でやりくりしたって
何一つ変えられはしない

でも、ようやく気付く。世の摂理は、客観思考の「小手先」だけでは「何一つ変えられはしない」ということを。

♪「愛してる」と君が言う
口先だけだとしても
たまらなく嬉しくなるから
それもまた僕にとって真実

心の内奥に存在するはずの、核のようなものが真実の言葉を発しているのか。それとも、言葉はすべて他者のモノ、なのか。「愛してる」という言葉だって、それが嘘か真実かなど、どうやって判断すればいいのか。
それでも、僕が「たまらなく嬉しくなる」のなら、それでいいのではないか。真理がどこにあろうが、僕がそう感じているのなら、それはそれで「僕にとって」の「真実」だとしていいのではないか。やはりこの世界に、正解と呼べるようなものはない。あるのは一貫した流れと、それに反応し、現象する、私たちの感情それそのものなのかもしれない。

♪交差点 信号機 排気ガスの匂い
クラクション 壁の落書き 破られたポスター

意思もなく存在するかに見える「交差点」「信号機」「排気ガスの匂い」。どこの誰かが発した「クラクション」や、いつかの誰かの「壁の落書き」や「破られたポスター」。そうした、普段は意識することもない、目に入る何気ない風景で、僕らの世界は作られている。

♪今 僕のいる場所が探してたものと違っても
間違えじゃない いつも答えは一つじゃない
何度も手を加えた汚れた自画像がほら
また12色の心で好きな背景を描き足していく
また描き足していく

理性で世界をコントロールしようとするんじゃない。この世界のありのままを受け入れるんだ。それが「汚れ」ていると感じても、それも理性のなせる業でしかない。何度でも、何度でも、「好きな」ように「背景」を「描き足していく」ことができる。本当の自分や、本当の僕の居場所は、自分で作ることができる。

♪そのすべて真実

白いキャンバスに自由に絵を描くように、自分の人生を描くこと。決められたままに運ばれてきた今の場所が、自分の居場所だと思うのではなく、何度でもまた、描き始めること。それこそが真実。「そのすべて」が「真実」だと、『Any』は締めくくる。自分の周りに、今ある「何か=Any」が、私の世界を作っている。「何か=Any」に物語りを加えるのは、自分自身でしかない。世界は自分が描いている、と。