マーケティングって何だろう?_(2)事例研究

事例研究とは、あくまで己と市場を知るための手段

Cという定番のフレームワークがある。すなわち、自社Companyと顧客Customer(市場)と競合Competitor3点で考えるということ。ビジネスパーソンなら誰しも知っている図式である。しかし、この3点、どれが優先するのかを知るものは少ないと思う。

孫子の兵法にある「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という有名な下りの通り、3Cの優先順位は自社と顧客との関係である。事例研究は、この関係をより深く学習するためにある。この理解が事例研究理解の肝になる。

重要なのは事例研究より先に、自社の理解であり、同じ意味で自社の顧客の理解である。自社と顧客は、表裏の関係であるのだから、自社を知ることはすなわち顧客を知ること。顧客を知ることはすなわち自社を知ることである。

 

近代になり市場は独立したメカニズムになった

自由競争市場(規制がないという意味)は、人間の力が及ばない力学を有する。マルクスが「人間疎外」と言ったとおりである。市場は自然現象のように勝手にぶん回る。資本家も経営者も、これをコントロールすることはできない。唯一、イノベーションという関わり合いの中で、影響を及ぼすことはできるが、これもマーケティング活動の結果として現象するものに過ぎない。市場に直接的に手を触れることはできない。

これは時代が下るにしたがって立ち現れてきた現象である。21世紀の今、市場はより巨大に、そしてより高速に回るようになっている。人間の手から離れていく一方なのである。国家が規制をかけて制御しようと試みている場所もあるが、そうした場合、例外なく市場から報復を受けてしまう。要は市場がシュリンクし、得られるべき経済的果実が得られなくなってしまう。限られたパイを取り合う日本の規制市場を思い浮かべるとわかりやすい。

この自然現象のような市場と自社との関係を学習することがマーケティング活動の原理である。そのために事例研究なる手法は存在する。

 

事例という出来事を抽象化し市場メカニズムに解消して理解する

売れている他社商品の噂を聞きつける。そして、出荷情報などの詳細情報を集めてみる。しかし、それをそのまま自社商品の開発に結び付けてはいけない。そうではなく、いったん立ち止まり、それを抽象化し、市場メカニズムに解消してあげなければならない。つまり、市場、もしくは自社の顧客を学習するための「手がかり」としてその事例を捉えるということである。

「なぜその他社商品は売れているのか?」「どこを顧客は気に入っているのか?」「いまだ不満に感じているところはないのか?」「だとするならば、どんな改善の余地があるのだろうか?」「市場は、顧客の観念は、将来、どんな形になっていくと予測できるのだろうか?」と自問自答を繰り返さなければならない。

「その時、自社は何をすべきなのだろうか?」「現状と理想のギャップを埋めるにはどうすべきだろうか?」「獲得すべき新たなリソースは何だろうか?」「それは現実的だろうか?」こうして、自社と顧客(市場)の関係に「その事例」は還元される。ひとつの戦略物語りとして構想される。徹底的に上司と話し合うべき事柄の核心である。

 

真似することは倫理的に問題があるばかりか原理的に間違っている

よくある間違いは、他社事例をそのまま短絡的に真似することである。これは、倫理的に間違っているばかりではなく、マーケティング原理的にも外している。自社と顧客との関係という、自分自身の足元を刷新する目的に組み込まれていない活動は、結局は自社の戦略体系を崩壊させてしまう。部分的に数字が上がるように見えても、中長期的には、自社が自社である存在理由を崩壊させる。自分たちが何をやっているのか、何をすべきなのか、わからなくさせてしまうだろう。

次第に利益率はゼロに近づき、市場全体が収益性を失う。目に見えている市場にこだわり続けている限りにおいて、自社は戦略的自由度を減らしてしまうのである。真似は悪循環を生み出し、次第に自分自身を追い込んでいく。

 

絶対原則は自己(自社)と顧客(市場メカニズム)を学習すること

ブッダは死ぬ直前、弟子たちに請われてこう答えたという。曰く「法を頼りにしなさい。自己を頼りにしなさい」と。近代の市場はブッダのいう「法」に似通ってきてしまった。自然現象の如く、人間の意思とは関係なく回り続けるブッダの言う世界の法のメカニズムに、システム的には瓜二つの相似形になってしまったのである。

事例研究を「マネすること」と短絡してしまうと、このメカニズムに取り込まれて行ってしまうのである。結果、自社の事業継続性を危うくしてしまうだろう。

これに抗う最大のポイントは市場を学習し続けることでしかない。市場を一人一人の顔の見える顧客にまで還元し、自社と市場を、人間と人間の関係にまで突き詰めることであろう。その時、事例研究は初めて「研究」と呼ぶにふさわしい作法になるのだろう。浅ましい「マネごと」を超え、創造的な作法に書き換わっていることだろう。

 

事例研究とは自社と顧客との関係を問い直すきっかけである

事例研究は他社事例を真似することではない。それは、自社と市場(顧客)との関係を見るための「窓」でしかない。それそのものには価値はないのである。「事例」を通して見える「関係」から自社を問い直し、顧客を問い直す。その時初めて事例研究は真価を発揮するだろう。それが事例研究を考える上でのコツである。