「意識」とは何か

朝が一番、「意識」が鮮明になる

今、この瞬間も、私は自分の意識でこの文章を書いている。さっきベッドから起き上がり、顔を洗い、寝ぼけた自分の「意識」を目覚めさせ机に向かおうと考えた。その「意識」というものをことばで整理したい。今のこの「意識」がなくならないうちに・・・そう思って集中力を呼び覚ます。

朝は得意だ。朝が一番、「意識」が前向きになる。力が湧く。この「意識」を使って難しい課題を整理してみた。「意識」とは循環するループのようだな。さあ、はじめようか。

 

「意識」は現象だとする

「意識」とは不思議なものである。哲学書や宗教の書籍を貪る前は「(自)意識」で「(自)意識」を「意識」しようとして苦しんでいた。脳みそを鍛えればきっと捕まえられる。フンと自分に気合を入れてみたり、こめかみのあたりをこぶしでコンコン叩いてみたり。脳みそに力をこめようともがくのだが、それでも「意識」はうまく捕まえられない。そうこうしているうちにいま自分が「意識」していたことを忘れてしまったりして。「意識」は努力では捉えられない。それこそやみくもに鍛えることはどうやらできそうもない。それに40をすぎたころ気が付き始める。

「意識」は現象である、とする。本当にそうかどうかはひとまず脇に置くとして、ともかく、そういうものだと考えてみる。すると、途端に気持ちが楽になるのに気が付く。意識が、社会メカニズムや身体のメカニズムの結果生まれる「現象」に過ぎないとするならば、私のこの思考も、目に入る景色も、昔の苦い思い出も、未来への希望や大切なひとびとへの思いも、そのすべてが、それほど思い煩わされる対象というよりもむしろ、はかなく愛おしい光り輝くシャボン玉のごとくに思えてくる。何かに触れるとはじけて消えてしまうから、そっと手で風を送りその方向を変えてあげる、そうした対象に思えてくる。シャボン玉が停車した自転車のサドルに着地したときのような、そんな脆くもはかないものに感じてくる。はじけてしまうなよ・・・そんな感じで意識というものを捉えられる。

 

宮沢賢治が読む「意識」

宮沢賢治は詩集『春と修羅』の中でこう表現する

 

わたくしという現象げんしょう

仮定された有機交流電燈ゆうきこうりゅうでんとう

ひとつ青い照明しょうめいです

(あらゆる透明とうめいな幽霊ゆうれいの複合体ふくごうたい)

風景やみんなといっしょに

せわしくせわしく明滅めいめつしながら

いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈いんがこうりゅうでんとう

ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち その電燈でんとうは失はれ)

 

「光りは保ち、その電燈は失われ」

生み出したほうの外界の仕掛けはせわしなく変化して消えてゆくけれど、このわたしの「意識」だけがあとに残り積み重なり。それを私は私と呼び・・・そう宮沢賢治は「意識」を表現している・・・

 

「意識」に戦いを挑んでも無駄である

思えば若い自分は、この自意識というやつを御しがたき敵として戦いを挑んでいた。怒りや不安、恋焦がれる人への果たせぬ思いなどの感情を、それこそ、なんとかコントロールしようと見当外れに身体を痛めつけたりしていた。スポーツはそのためにこそあって、腹筋や背筋の筋肉痛で、その苦しみから逃れようとしたこともある。脳みそを洗濯機に突っ込めないものかと想像したことも一度や二度ではない。自分は自分から逃れることができないのか。大人になるとスポーツは、強めの酒へと変わったが、感情が、押さえつけ、組み敷くべき対象であることに変わりはなかった。死ぬまでこの「自分」というやつ(意識)と付き合っていかなければならないのか。これを「絶望」というんです・・・そんなやすっぽい文学的な表現に逃げる以外方法を知らなかった。

 

ブッダの教え

気づきのきっかけは原始仏教の思想との出会いだったと思う。大乗仏教などの世俗仏教の思想というより、それこそブッダが2500年前に獲得した「空」の思想体系や諸行無常・諸法無我・縁起といった、後世において激しく変節していく仏教思想においても、なんら変わらない背骨にあたる“ものの見方・考え方”に触れたときだったと思う。幼いころからの謎が解けた気がして膝を叩いた。

その後、理論物理学の素粒子理論や解剖学の書籍などに手をのばすが(今でも継続中)、仏教ほどわかりやすく「意識」というやつを捉えている表現にはお目にかかれない。「わたし」に関する哲学を掘り進める、私の好きな哲学者である永井均さんの書籍なども、仏教思想を踏まえている気がしてしまう。マグダカートなどの分析哲学よりも文学的表現ともいえるこの仏教思想にこころ惹かれてしまう。キリスト教という一神教の歴史から逃れることが困難な西洋人よりも、仏教思想の伝統に乗っかる東洋人のほうがこうしたセンスはいいのではないか、そんなことも考える。

 

縁起思想に触れる

縁起えんぎとは、「すべては関係(=縁えん)から起こる」ということ。感情も、わたしのこの「意識」も、他人との関係、身体との関係、記憶との関係を起点として起こるという意味だ。それは確固とした自分・自意識という存在を否定することを含む。あるはずだと幼いころに考えたその存在は、穴が空いているかの如く想定してはいけない。そして、その外界の関係(=縁えん)は、いつもいつもとどまることをせず動き続けている(諸行無常しょぎょうむじょう=すべての動きは常ならず)。その動きの法則に自意識は含まれない(諸法無我しょほうむが=宇宙の法則に「自我じが」は入っていない)。「自我」つまり「意識」というやつは、その変わり続ける外界の法則の結果、一瞬だけ明滅しているのでしかない。世界の法則が、私の意識を現象させているのでしかない。ブッダはそれを悟ったのである。

 

関係を整えることで「意識」も整えられるのかもしれない

その後、西洋的・一神教的近代というやつが世界も、この日本も席巻していく過程で、私たち日本人も、この真理を透徹した仏教思想を忘れ去っていくのではあるが、21世紀のいま、格差社会に突入し、再び脚光を浴びているのもまた事実である。我々、会社を取り巻く世界では、要素還元主義よろしく分けて考える分析思考がもてはやされるが(もちろん方法論として有効ではあるが)、西洋的なロジカルシンキングを盲目的に身につけるだけでは、この「意識」のなぞは解けず、自分の脳みそを本当に洗濯機に突っ込むはめになる。海外旅行ブームを煽る安っぽい「心の洗濯」なるコピーが頭に「現象」して離れなくなってしまった・・・。

ああ、どこまで行っても、この「意識」というやつは、意識して制御できない。ならば、この身体や、社会的関係、自分の記憶を、いい現象(=意識)が生じるように意識して整えるしかないのではないか。こうしてプレコのコンセプトも生まれ出る。「お気に入りに囲まれて」は「お気に入りの物語りに囲まれて」。他者との関係や、身の回りのものから想起される過去の記憶も、ゆっくりたゆまず、整えていくこと。一番大事なわたしの「意識」をいたわるために・・・

 

宮沢賢治、仏教思想はじめ「意識」という課題に取り組んだ先人たちは数限りない。それこそソクラテス以前のギリシャ哲学の哲人たち、中国の孔子の時代の哲人たち。みな、言葉が生まれるあたりの時代に生きたひとびとである。日本には鎌倉時代、親鸞や道元というすばらしい哲人が生まれています。空海や最澄はまだ勉強不足ですが、おいおい私なりに紹介していきたいと考えています。とても難しい、でも、だれしも関心が高いこの「意識」というテーマに関して、プレコチリコとして今後も積極的に取り組んでいきます。お付き合いください。