【ニュースコラム】ワクチン接種はなんのため?
接種券が届いた
コロナワクチンの接種券が私の手元にも届いた。供給不足で予約が取れる状態ではないのだろうが、そこでふと考えた。ワクチン接種にまつわる世間の雰囲気がなんか変な気がする。「ワクチンどうしますか?」そんな会話が日常的に交わされる中で、改めて、日本人のヘンチクリンな公共心に思いを馳せた。
端的にワクチンは公共的な利益のために打つべきである。自分がコロナにかかるのが怖いから打つのではない。ゆえに、陰謀論も粉砕される。人口の80%~90%が摂取することで感染が広がりにくい状態が社会に形成される。そのためにこそ、打つのである。
みんな怖いのは一緒???
でも、日本人の「ふつう」の感覚はそうではないだろう。親や田舎のおじいちゃん、おばあちゃんが一刻も早くワクチンが打てるといいな、そんなところでしかない。「みんな怖いのは一緒。だから何も恥じることはない。」せいぜい、そんな感じである。自分の周りにも、同じような人しかいないから、そうした心象になんのおかしさも感じない。それが普通の日本人。
でも、結果、ほとんどの人々がワクチンを打ち、結果的に集団免疫は達成されるのだろうが、これでいいのだろうか。日本の行く末が心配になる。なんだか、いつも、日本は結果オーライ。経済もなにもかも、いつもこの国は結果オーライでしかない。
テレビや新聞も、公共心を説明する記事はあまりない。心ある学者や医者はわかっているのだろうが、政治家からそんな話が出たのをあまり耳にしない。NHKにもっと頑張ってもらいたいところだが、期待するだけ野暮かもしれない。
陰謀論の浅ましさ
一方、こんなことを私も言われて絶句した。「上田さん、ワクチン打ちますか?」「ええ、もちろんそのつもりですよ」「でも、あれはね、ものすごく小さな監視装置が入ってるそうですよ。打ったらアメリカにデータ化されるらしいです」「・・・」
社会的地位も比較的しっかりしているように見える(見せている)方である。自称経営者。そんな方から不意打ちのように話しかけられて、咄嗟に返答に困った。その人はメガバンクの支店長さんから教えてもらったそうである。メガバンクの支店長は嘘をつかない、そう思っているみたいだった。世に流行る「陰謀論」。こんなところにまで浸潤しているのを知り戦慄した。一気に力が抜け、その日、何もやる気が起きなかった。日本社会のなんと浅ましいことか・・・
ワクチン接種の陰謀論は端的に間違っている。間違っているどころか、陰謀論を信じる人=公共性のカケラもない人、である。SF話としては面白いし、わたしも真偽のほどは知らないが、陰謀論を信じるその心的構造が浅ましいのである。信じる人も、信じない人も、その真偽のほどはわからない。しかし、ワクチンはそもそも自分のために打つものではない。社会全体の利益のために打つものである。その大前提があれば陰謀論はナンセンスだとわかる。その真偽は関係ないのである。今は、社会全体のために、一日も早い社会全体での接種率の向上が求められるのである。他に方法はないのだから。
まとめ
わたしも親の体調は心配である。そろそろ打ったかなぁ。そんなことを考える。陰謀論もその真偽のほどは確認していないし、そもそも確認する術を知らない。でも、そうした自分たちの心象風景の大前提になっているものに思いを馳せるとき、どうしても気持ちが沈んで苦しくなる。
日本人はみなまじめである。周りの目を気にして勤勉に働くことを善しとする。しかし、その一方で、公共心という概念そのものが存在しないのである。いつも目的は自分とその家族のための座席争い。周りがみなそうだから、そのおかしさにも全く気が付かない。
会社経営を20年もしていると、そんな社会の構造にも気が付いてしまう。いいのか悪いのか、なんだか書かずにいられなかった。
最近、私はジムを代えた。
ストレス発散のために行っているジムで陰謀論を聞かされるのはたまらないと思った。そういう人は議論も受け付けないし、そもそも議論しに行ってるわけではないし・・・
みんなで出来るだけワクチンを打とう。
それは公共の利益のためである。