【ニュースコラム】最低賃金を上げること_アトキンソンさんの論理

【ニュースコラム】最低賃金を上げること_アトキンソンさんの論理

「最低賃金のUPをこそ」というアトキンソンさんの主張

元ゴールドマンサックスのアナリストで、現在、小西美術工芸社の社長を務めるイギリス人デービット・アトキンソンさんが最近、新聞などに登場する機会が増えた気がする。とてもいいことだと思うが、その主張の意味するところを理解している人は少ない。経済指標の主従関係を理解している人が少ないのである。

アトキンソンさんの主張は明快だ。世の経営者という資源をもっと活用しろ、ということ。日本に160万人いるといわれる社長をもっとまじめに事業に打ち込ませる政策を実行すれば、日本経済は回復するはずだ、というものである。私も100%同意しているので、その意味するところを詳しく理解してみたい。

 

日本経済の低迷は消費税増税とデフレが原因という主従の転倒

デフレに消費税の増税が加わって日本経済は低迷している・・・。本当にそうなのか、とアトキンソンさんは言う。それは経済の基本構造が理解できていない。そうではなく、経済の基本機能(=エンジン)の強化こそ肝要であると。それが見抜けているのか、と。デフレは経済のエンジンが弱っていることの結果でしかない。消費増税は、それをさらに弱めただけ。経済のエンジンにとっては、やらないほうが好ましいが絶対にやっていけないというものではない。エンジンが十分に大きければ多少の重荷は背負えるということでしかない。だから、ケース・バイ・ケースでやる判断をすることもあるだろう。それだけである。

コロナ後の経済政策を見ても世界の趨勢は①設備投資の喚起②労働分配率の引き上げ、の2本柱である。1980年代からの新自由主義の修正が柱。すなわち、金持ち優遇から中間層優遇へ戻せということである。金持ちは消費性向が低い。賃金を消費に回す率が低いということ。それに比べ中間層の消費性向は高めである。昨今、貯蓄率が高めに推移していることで消費性向が下がり気味であるようだが、それでも中間層を刺激する政策は理にかなっている。経済の規模は、Y=C+I、すなわち、GDP=消費+投資である。消費と投資が拡大すれば国民は豊かになるのである。細かな政策はこれに付け加えるべきもので、まずは、分母を増やさなければ始まらない。幹の施策を政策パッケージの柱に据える。この主従関係がまったく見えていない関係者が多いのではないか。

幹の政策は、消費の刺激と投資の喚起。すなわち、世界の経済政策の趨勢の通り

 

1.労働分配率の引き上げ(による結果的な中間層の消費の喚起)

2.設備投資の喚起

 

に尽きるのである。消費税の増税や派遣労働者の使い勝手の改善など二の次でしかない。日本は天下り先の確保がしたいがためにことの本質をひた隠す。自己中心的な浅ましい目的を遂行するために経済政策までをも捻じ曲げて平気である(竹中平蔵はその意味が本当にわからないのかもしれない)。失業率は本来、経済を活性化することで抑えるべきもの。派遣労働者を使いやすくしてごまかすような数値ではない。パソナやインテリジェンスのみが潤い、竹中平蔵などの天下り先兵が潤うだけ。なんとも情けないではないか。

 

要はイノベーションが足りないということ=経営者への叱咤

経済はイノベーションを起こすことでのみ成長の軌道に乗る。すなわち、世にいる160万人の経営者を正しく働かせることである。経営者の最大の使命はイノベーションをテコに業績を向上させることである。アトキンソンさんは、そのために、最低賃金を段階的・計画的に引き上げよ、という。至極、まっとうな主張である。毎年、最低賃金を5%ずつ引き上げる。それをまずは10年間実施せよ、と。そうすれば、経営者はイノベーションに真剣に取り組まざるを得ず、怠けているわけにはいかないだろうと。最低賃金の低さに胡坐をかいて怠けているわけにはいかないはずだと。経済のエンジンを無理やりにでも動かせと。

利権にありつくと人は働かなくなる。テレビや新聞などのマスコミ各社、大手の広告代理店、政府系企業などを見ればそれは明らかである。しかし、アトキンソンさんの主張はそこではない。大企業より中小零細企業の経営者に的を絞る。それは圧倒的に中小零細企業の方が規模が大きいからだ。一社一社は小さくとも、その合計数値は大企業のそれをはるかに上回る。雇用の実に65%である。中小零細企業が一斉に賃上げすれば、そこで働く人々の消費が喚起され、経済の最大のエンジンである消費が拡大する。それにつられて設備投資も増える。GDP=消費+投資である。経済の両輪が喚起されれば放っておいても経済の分母は膨らむだろう。「経営者よ、ちゃんとイノベーションを起こせ。ちゃんと働け!」それが世のため人のためである。アトキンソンさんの主張は明快である。

(ちなみに、消費税のUPなどその後でいいのである。「消費」という分母を増やせば消費税収の絶対額が増える。8%を10%にせずとも、絶対額で2%分の税収を増やすことなど難しくない。財務官僚にこれがわからないわけはない。目的が違うところにあるとしか思えない。いや、もしかしたらわからないのだろうか。そうだとしたら、この国はかなりまずい・・・)

 

イノベーションとは占領ではない

わたしも経営者の端くれだからわかるのだが、経営者といえども人間である。経営者は常に努力の人、というのは幻想でしかない。基本、みなグウタラである。もちろん、基本的な能力は高いと思う。マーケティングやイノベーションの原理、財務や人事の知識は一通り持っているだろう。創業から10年会社を続けていれば、それらを知らないわけにはいかないからである。そこが業績評価のない政治家と決定的に異なる点である。普通の経営者は勉強している。その人々をもっと働かせろ、というのである。イノベーションは並外れた集中力から生まれる。集中力を発揮するのは重労働であるのは確かなのだから、経営者にプレッシャーを与える政策が合理的というもの。すなわち、最低賃金の断続的なUPである。

イノベーションとは、竹中平蔵のように政府に利権をおねだりして市場を占有する政策にあやかるということではない。正当にマーケティング活動をしてイノベーションを起こすことである。要は自分たちが扱っている商品やサービスをイノベーションによってもっと売れるようにせよ、ということに尽きる。それが直接的に日本全体の経済に貢献する。中小零細企業の経営者が全員、それに邁進すれば、確かに経済はあっという間に回復してしまうだろう。

その陰で賃金率の上昇に耐えられず倒産してしまう会社はどうするのか。それは速やかに市場から退場してもらうしかない。効率の悪い経営は、社会の害悪である。人がいいとか、優しいとか、経済全体にとってはどうでもいいこと。経営者の第一の使命は数字を上げることである。

 

加えて・・・

イノベーションを理解できている人は日本社会に極端に少ない、ということもアトキンソンさんは気が付いている。イノベーションの原理は、経済的に追い込まれたことがない人にはちょっとわかりようがないメカニズムである。本気で会社の数字に責任を持ったことがない人にはわからない。自由市場、あくまで自由競争の下で数字を上げようと必死になった人でないと理解できないだろう。イノベーションは創意工夫ではない。ぬるま湯につかる大企業のサラリーマンには到底わからない。イノベ―ションは占領ではない。刷新である。利権の設計ではない。顧客の創造である。売上が上がればそれでいい、そういうことではない。その担い手はたいがい小さな会社の経営者である。

 

「顧客の認識の刷新」と「論理的推論」を重ね合わせた淀みない仮説

イノベーションは偶然起きるものではない。企業の集中的・献身的な思考の結果、起きるものである。イノベーションも中期経営計画に組み込める。

鍵は自分たちが扱う商品やサービスの価値の向上である。価値とは顧客の認識の中にある。その認識を刷新してこそのイノベーション。商品やサービスに対する顧客の認識を徹底的に考えるところからイノベーション計画は始まるのである。顧客が求める価値の源泉は何か。顧客はその商品(サービス)の何を買っているのか。価値の本質は何か。そして、今顧客ではないが、顧客にすべき顧客は誰か。裏返すと、今、顧客ではあるが顧客にすべきではない顧客は誰か。施策の連続性をも計画する。

献身的な思考の結果は、淀みない仮説という文章に表現できる。文字を書くことは本質ではないが、淀みないことばにすることは必須である。論理が明快であれば、それは必ず淀みない文章になる。淀みない文章になるということは、その論旨は明快である。イノベーションの成功確率は各段に上がることだろう。

そして、そうした文章の束が経営計画の核になる。数字の根拠となるのである。理論上は、業態側からも計画が必要である。ダブルループの観点からも計画のチェックは当然必要である。しかし、どの企業も計画の核は「商品・市場戦略」であることは議論の余地はない。「商品・市場戦略」こそ中期経営計画の核である。そして、それこそが日本経済全体の活性化に貢献する。

 

企業が企業の役割を果たすこと

「企業の中にはマーケティングとイノベーションしかない」とはドラッカーの至言である。マーケティング活動、すなわち、イノベーションを目標とする活動以外はただのコストでしかないということ。DXなど当たり前の作業でしかない。経営者が経営をすれば、それは当たり前の帰結である。

イノベーションを行えば、論理必然的に労働分配率を引き上げることが可能となる。端的に社員の給料を増やすことが出来る。ボーナスも出すことが可能になる。イノベーションは唯一、一人当たりの利益額を向上させるがゆえ、それを原資として給料を上げられる。それがアトキンソンさんの主張である最低賃金の引き上げの本質である。最低賃金を引き上げることによって、中小零細企業の経営者をイノベーション活動という企業本来の活動に追い込め、と。論理一貫した政策の提言である。

 

カイシャは、イノベーションの原理を理解し、それを実際の企業経営の計画の真ん中に据える。扱う商品やサービスのマーケティング&イノベーション活動を計画し、実行し、KPIで検証すること。ひと・もの・かねという資源を集中的にイノベーション目標に投下すること。そして、徐々に生産性を高め労働分配率を高めること。給与として社員の手に渡った賃金は、消費にまわり「C」を拡大する。GDP=「C」+Iの「C」を増やす。すなわち、社会全体の経済を成長させる。先進国はどこも純輸出よりも国内消費の方がボリュームが大きい。21世紀の先進国の経済活性化のカギは、どこまでいっても消費(C)である。そして、CがI(=設備投資)を誘発し、さらに経済は拡大する。

 

アトキンソンさんの主張は最低賃金を上げることによるイノベーションの喚起というエンジンの増強に尽きる。

 

経営者にとっては筋トレのようなものだが、社会全体を見通せば至極まっとうな結論である。私はアトキンソンさんの主張に100%賛成である。