プレコチリコ ブランドの起点(4)

「作る」ものは「物語り」、それが「商品はことば」の意味するところ

安冨さんや内山さん、そしてドラッカーの話を聞いて、何か、日本人の古き良き職人魂を思い浮かべるのは私だけだろうか。他者との対話を起点に自らがその理解(物語り)を書き換えていく。それを論語では「学習」といい、内山さんは「作る」という。ドラッカーはそれこそがマネジメントであるという。会社があるべきマーケティングとイノベーションであると。

他者としての対象はモノだけではない。21世紀のこの時代、モノは巷にあふれている。そして、人間の幸福の本質はモノには現れない。それはカントの「物自体」の概念を思い出すだけで充分である。人間は「物自体」には価値を見出さない。それを取り巻く、自分自身が重ね合わせる「物語り」の方に価値を感じているのである。

ここにマグカップがある。新しいものを買ってきて、古いほうに飽きてしまえばそれはただのゴミである。「物自体」には何の変化もないのにもかかわらず、その価値は変化した。これが孫からの贈り物であったらどうだろう。それこそ割れたって大事に使うかもしれない。価値とはさように「物自体」に関わらず変化する。そちら側の物自体が変わったわけではない。解釈するこちら側が変化しているだけである。この「こちら側の物語り」これがプレコチリコが考える「商品はことば」のメカニズムである。

 

抗いたかったシステムの奴隷

わたしは20年前、近代のシステムの軍門に下ることを拒否して前職をやめ、この会社の前身となる事業を立ち上げた。下ることを拒否したその「軍門」は今も相変わらず社会全体を覆いつくしている。1991年の冷戦終結でIT革命やグローバリゼーションが急速に世界を覆い、30年足らずであっという間に世界を変えてしまった。私はその大変革の渦中、起業したことになる。その時は夢中でうまく表現できなかったのだが、今振り返ると、こうした巨大な近代のメカニズムの大波とそれになんとか抗したいという内なる情熱があったのかもしれない。

わたしが反発を覚えたのは前職の社長ではなかったのかもしれない。その背後に控えるどうしようもなく巨大なシステムであったのだろう。それが、自らが起業して20年が経過した今、なにかはっきりと自覚できるようになった気がする。私は「こいつ」と自らの力で戦いたかったのかもしれない。

 

徒手空拳ではない戦略が必要

でも、50を目前にして思う。20代のころのように激しい闘争心だけではこの敵に打ち勝つことはできないだろうと。もとから目に見えるものでもないのである。「アイヒマン」を製造するこのシステムは、誰が君臨しているわけでもない。戦う相手は「物自体」のようには触れることすらできないのである。ではどうしたらいいのだろう。私は、そしてプレコを運営する私たちは、どう戦ったらいいのだろうか。

 

21世紀は内向的な人が主役の時代

わたしは21世紀のインターネット社会は「内向的な人の時代」ではないか、と一方で思っているところがある。10年ほど前からそうした勘が働くようになった。巷でイメージされるような騒々しい、ITベンチャーのようなイメージとは一線を画す。ホリエモンもちょっとしゃべりすぎだ。いくら叫んでもあなたが戦おうとしているシステムはそう簡単には変わりはしないのではないですか?そう思うのだ。それこそデモなどという手法ではそのシステムは動かない。安倍首相が悪いわけではない。はなから擁護するつもりはないが、もしあの人が優秀な首相でも、一人でシステムを変えるということはできないのではないか。せいぜいマスクが早く届く程度だろう。システムの大勢には影響がない。

そうではなく、自身の内面がその主戦場なのではないか。一人一人の内面それ自体がシステムを変えていくうえでの主戦場。だから、その主戦場をかき集めなければならない。一人一人の戦いは目に見えないし、小さすぎる。それを乗り越える技術的手段が、インターネットでありSEOなのであろう。インターネットの検索エンジンを介せば、この内面の戦場はつながる。人類史上初めて、この小さな小さな戦場は、大きなインパクトを持つようになったのである。テキストをパトロールするグーグルのクローラーエンジンを介して、内向的な、しかし、正義感に満ちた戦士たちは、ひとつの戦場に集うことができるようになったのである。

別に、アラブの春のような革命をイメージしているわけではない。あれは、デモを呼びかける電話やFAXがツイッターに変わっただけの現象でしかない。私がイメージする戦いはもっと穏やかである。

 

内省が作り出す物語り、私のような誰かに向けて

あるひとが自分の心の内を文章としてしたためる。それを読んだ「私」のような「誰か」が、物理的な距離を乗り超えて共振する。一つの商品を企画したその人の思いをしたためたよみものが、それを使う消費者の生活にちょっとだけ侵入する。モノづくりという職人こだわりの物語りの上に、消費者の生活が、使うたびごとに重ね書きされていく。提供者の押し付けではない。あくまで消費者側が自由に重ね書きしていくのである。私たちのような供給者は、それをただ待っているだけ。しかし、多様な人々が重ね書きできるように、いろんなお気に入りを「作り」続ける。あたかも畑に種を撒き、水をやり、陽の光りが出てくるのを待つ農民のような仕事である。私たちはただただ作り続けて待っている。反応があれば、もちろん少しだけそれに対応する・・・

 

「商品はことば」に込めた思い

プレコチリコのコンセプトを私は「商品はことば」と表現した。20年前のあの日、猛烈に反発したあの“なにものか”に立ち向かうべく、私たちは静かにペンを取る(パソコンに向かう)。そう、21世紀のビジネスは、そんなに騒々しいものではなく、静かに燃える内面をその主戦場として社会を変えていくと信じて。

もちろん数字が大事じゃない、というわけではない。でも私たちは、数字はマネジャーの仕事、価値の源泉は社員一人一人の内面がその主戦場、と緩やかに組織を分けることにしている。社員一人一人は、数字を気にしないほうがいい。数字を気にするとは、システムに翻弄されるということをも意味するからである。組織自ら「アイヒマン」を生み出す方向に傾いてしまう。だから、マネジャーにはそれなりのストレスがかかる。大きな嵐と小さな嵐のそのはざまで、踏ん張って立っていなければならないのだから。でも、そこは給与制度で報いている。給与はそのストレスに対する対価である。こうしてすべてが一貫性をもってプレコのブランド物語りが「作られ」ていく。あの日以来感じている巨大な敵に抗すべく。

 

自身のアイヒマンに抗うブランドを

まとめよう。すべての人に巣くう内なる「アイヒマン」と戦うには、自らが「学習」し変わることを恐れないことである。自らのものの見方・考え方を、マーケティングとイノベーションを通じて刷新していくことである。ある人は自らだけをマネジメントすればいい。マネジャーはチームや組織それ自体の刷新のメカニズムをも設計する。ただそれだけである。

20年前、私が拒絶したメカニズムは、実は、自分自身の内面にこそあったのかもしれない。そう変わることを恐れる、われわれ自身のその内なる「アイヒマン」に。