コロナ禍の世界的影響_ベトナムの工場が止まっています!

コロナ禍の世界的影響_ベトナムの工場が止まっています!

ベトナムのベッド工場がロックダウンした

急に不安になった。インドネシアやマレーシアで「コロナ感染再び急増」の記事を読んだ。欧米諸国がワクチン接種で急速に日常を回復している一方で、アジア諸国ではここにきて感染が増え始めている。インドネシアやベトナム、中国沿岸部、そして台湾が私たちの商品を生産する委託工場が集積する地域である。昨日、私たちのベッドを生産するベトナムの工場が地域のロックダウンの影響で生産をストップしているという情報を得たばかりだった。

 

ASEANの国々が我々の供給基地

現地のワクチン接種の現実は私には知る由もない。せいぜいが新聞などのニュースを読むばかり。現地からの情報もはっきりとは定まらない。誰にもわからない、というのが正直なところなのかもしれない。しかし、私たちの事業は家具などを出荷することによって生業とする。その商品たちが仕入れられなくなったら一巻の終わりである。不安は根拠のないものではない。

幸い、主力の商品はインドネシアに移管済み。と、思ったらインドネシアこそコロナ感染の最前線の様相を呈している。ジョコ大統領の言動が急に気になりだした。一方の生産地である中国はというと、コンテナ船の混乱はあるにはあるが、生産はいたって正常。オフィスで働く取引先の人々はもはやマスクもしていない。完全に正常な姿を取り戻している。

ふと考える。共産党政権って・・・、強権的、権威主義的は嫌われるけど、こと危機に瀕して民主主義は完全に負けているではないか。日本の民主主義もASEANの民主主義も、中国の迅速な対応に完全に後れを取っている。このままでは、民主主義は古いというレッテルが張られるやもしれぬ。自分たちの事業の危機と同時に、そんなデモクラシーの危機をも感じてしまう瞬間である。

 

世界は確かにつながっているという明確な認識

サプライチェーンは確かにつながっているのである。それは大企業だけの話ではない。私たちのような中堅規模の会社でもその供給地はほとんどが海外である。売れ筋商品に至っては100%ASEAN諸国に依存する。日本で作っても高くて消費者は買ってくれないのが現実なのである。世界は確かに繋がっている。

わたしはコロナが話題になった当初、中国政府の陰謀なのではないか、と直感的に感じたくらいパンデミックというものを、現実感をもって受け止められなかった。さすがに当時の安倍首相の反応は遅すぎると思っていたが、その気持ちは経営者としてはわからないでもないのである(かといって政府に甘い考えを持つことはないが)。知っているということと、明確に認識してその対応までをも考える、ということのあいだには天地ほどの開きがあるのが事業というものである。それを嫌と言うほど感じてきた。油断すると「ただ知っている」だけになってしまう。結果的な無責任は日本人の習い癖である。

 

危機に瀕して見えること

わたしは経営者である。新聞のコラムニストのように「考える必要がある」などと眠たいことを言っていられる立場ではない。すぐにでも具体的な解決策を生み出す必要がある。それこそ是々非々で前に進む。今回の対応は、しかし、まずは待つしかない。バタバタするのは得策ではない。何もしないことも意思決定ではある。さて、どうするか・・・

 

全体性を失ってはいけない。けれども、臨機応変に対応もしなければならない。トレードオフに対峙するのが経営のあたりまえ。意思決定はわたしの仕事である。

 

ひとつはASEAN地域におけるコロナワクチンの動向を見定めよう。毎日、情報収集を怠らないこと。そして、計画性である。準備に勝る対処方法はない。より長期的な計画を立てることである。そして、変化に対しては柔軟に対応すること。結局はこれしかないのだろう。

そして、業績の体幹を見失わないことである。最悪の事態を想定しながらも、前向きな投資をも忘れない。超短期と中長期を同時に考える。5年先のための新卒採用と明日の利益の種であるコンテナや商品の仕様変更を同時に気にすること。頭が引き裂かれそうになるが、これが経営の醍醐味でもある。しびれる場面は何度も経験している。せいぜい楽しむことにしようか。

 

中計一期目は、波乱の様相での船出になりそうである。でも、それも一興。そんなこと最初からわかっていること。計画は修正するためにこそ立案するもの。真のイノベーションは現場で格闘する中で、必死で生み出すものである。

 

さあ、今日もコンテナと格闘である。